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福岡高等裁判所 昭和50年(ラ)38号 決定

抗告人

柳初次

主文

原決定を取消す。

抗告人を過料金四万五、〇〇〇円に処する。

手続費用は第一、二審を通じ、抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨および理由は別紙記載のとおりである。

二本件記録によると、原裁判所は、抗告人が柳産業株式会社(昭和三八年一一月三〇日豊漁水産株式会社より右商号に変更)の代表取締役に在任中

1、昭和二七年一月二四日監査役前浜勇が任期満了により退任し、法定の員数を欠くに至つたので、その後任者の選任手続をしなければならないのに、これを怠り、昭和四九年一〇月二日に至りこれをなしたものであり、

2、昭和二四年五月五日監査役徳丸ミサノが任期満了により退任し、法定の員数を欠くに至つたので、その後任者の選任手続をしなければならないのに、これを怠り、昭和四九年一〇月二日に至り、これをなしたものである。

として、抗告人を過料金五万円に処したものである。

三しかし、柳産業株式会社の商業登記簿謄本、抗告人の陳述書、株式会社継続登記申請書、当審において抗告人が提出した総会議事録、総会決議録、取締役会議事録、株主総会議事録、長崎地方法務局長の「商業違反事件について」と題する書面、抗告人に対する審尋の結果を総合すると、柳産業株式会社(当時の旧商号は豊漁水産株式会社)は昭和二三年五月六日設立されたものであるが、抗告人は会社設立以来引続き代表取締役に選任され就任しているものであること、監査役の任期は昭和二五年法律第一六七号により昭和二六年六月までは二年を、翌七月からは一年をもつて満了するものであつたところ、前浜勇は昭和二三年五月開催の創立総会において、また徳丸ミチノは昭和二六年一月二四日開催の臨時株主総会においてそれぞれ監査役に選任され、その後右両名は昭和二七年五月三〇日、昭和二八年五月一三日、昭和二九年五月二〇日、昭和三〇年五月三〇日および昭和三二年五月三日各開催の株主総会においてそれぞれ監査役に再任されたこと、しかし、当時同会社は休業の状態にあつたので、再建の見透しがつくまで総会を開かず、その間は取締役、監査役は留任することとして、昭和三八年一一月三〇日に至り臨時株主総会が開催され、右両名が監査役に選任されたこと、そしてその後も、株主総会は、昭和四九年五月一六日の定時株主総会まで開催されず、同総会において右両名が監査役に選任されたが、同会社が昭和四九年法律第二一号附則第一三条第一項により、同年一〇月一日をもつて解散とみなされ、職権により解散登記がなされたため、同年一〇月二日臨時株主総会が開催され、同日の総会において会社継続の決議をし、右両名を同じく監査役に選任したこと、しかしその間、監査役の選任登記は、前浜勇については、昭和二三年五月六日の選任決議により同日、昭和四九年一〇月二日の選任決議により同月一五日、また徳丸ミチノについては、昭和二六年一月二四日の選任決議により同月二六日、昭和四九年一〇月二日の選任決議により同月一六日になされているにすぎず、その余の選任決議については全くその登記がなされていないことがそれぞれ認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、原裁判所が過料の対象とした監査役の選任手続懈怠の事実のうち、昭和三二年五月四日以降昭和三八年一一月三〇日までの間、および昭和三九年一二月一日以降昭和四九年五月一六日までの間、選任手続の懈怠があつたとする部分は正当であるが、その余の部分は失当であつて、原決定には事実誤認があるものというべきである。

しかしながら、本件に関して抗告人に登記義務違反の事実が認められることはすでに説示したとおりであり、本件のごとく、抗告審において、選任手続に懈怠がなくとも、登記義務違反の事実があることを探知したときは、それが審判の手続規定(非訟事件手続法第二〇七条第二項)に違背しない限り、登記義務違反の事実についても直ちにこれが裁判をなしうるものと解する。けだし、過料の裁判は本来裁判所が過料に処せられるべきものがあることを探知したときは職権をもつて事件の開始および裁判をなすべきものであり、登記官の事件の通知のごときは探知の一方法にすぎず、事件開始の要件とは解しえないからである(旧商業登記取扱手続第一〇八条、商業登記規則第一〇七条参照)。

そこで、登記義務違反の事実をも処罰する場合、前記手続規定に違背しないかについて判断するに、選任手続懈怠の違反と登記義務違反とは、その一方が成立するときは他方は成立しないという密接な関係にあるところ、原裁判所が原決定をなす前に、抗告人に提出された陳述書によれば、抗告人は原裁判所が認定した選任手続懈怠の事実をすべて認める旨陳述していることが明らかであるから、右陳述書には、右事実に関する限り、登記義務違反がない旨の陳述をもなされているものと解して差支えなく、そうだとすると、非訟事件手続法第二〇七条第二項所定の「当事者の陳述」はすでに原決定前に聴取してあるものといえるから、当裁判所が登記義務違反の事実につき裁判をなしたとしても、何ら前記手続規定に違背するものではない。しかして、当裁判所は右登記義務違反の事実をも加えてさらに決定することとする。

四しかして、当裁判所が前掲諸証拠によつて認定した違反事実を掲げれば、次のとおりである。

1、選任手続の懈怠について、

抗告人は柳産業株式会社の代表取締役に在任中

(イ)  昭和三二年五月三日監査役前浜勇、同徳丸ミチノが任期満了により退任し、法定の員数を欠くに至つたので、後任者の選任手続をしなければならないのに、これを怠り、昭和三八年一一月三〇日に至り、これをなしたものである。

(ロ)  昭和三九年一一月三〇日右各監査役が任期満了により退任し、法定の員数を欠くに至つたので、後任者の選任手続をしなければならないのに、これを怠り、昭和四九年五月一六日に至り、これをなしたものである。

2  登記義務違反について、

抗告人は柳産業株式会社の代表取締役に在任中、監査役前浜勇、同徳丸ミチノが昭和二七年五月三〇日、昭和二八年五月一三日、昭和二九年五月二〇日、昭和三〇年五月三〇日、昭和三一年五月三日、昭和三八年一一月三〇日および昭和四九年五月一六日に再任され、登記事項に変更を生じたにかかわらず、長崎市の本店所在地において、法定の期間内に、その登記申請をなすことを怠つたものである。

五なお、右違反事実に関する抗告人の主張について検討するに、

1、抗告人は、かねて岩本司法書士に対し選任登記手続を依頼していたところ、同司法書士において忘却脱漏したものであり、抗告人には登記義務違反について何ら過失はないかのごとく主張するが、右事項については、本来取締役らにおいてこれが登記の義務を負担するものであつて、取締役らが司法書士に依頼して右登記手続をなしうることは勿論であるが、かゝる場合においては、司法書士は取締役の機関として行動するものにすぎないから、司法書士に登記手続の懈怠があるときは、直接取締役に登記義務違反があることに帰することは多言を要しないところであるから、抗告人の右主張は採用できない。

2、つぎに抗告人は本件処罰をなす権利は時効により消滅している旨主張するが、秩序罰たる過料の制裁については刑罰における公訴の時効に相当する規定はないから、抗告人の右主張も亦採用するに由ない。

六以上のとおりだとすると、抗告人の前記行為は商法第四九八条第一項第一号、第一八号に該当するので、その所定金額の範囲内で諸般の事情を斟酌し、原決定を取消したうえ抗告人を過料四万五、〇〇〇円に処することとし、手続費用の負担につき非訟事件手続法第二〇七条第四項を適用して、主文のとおり決定する。

(中池利男 鍬守正一 綱脇和久)

申立の趣旨

一、被審人に対する過料金五〇、〇〇〇円の決定はこれを取り消す。

二、訴訟費用は国庫の負担とする。

との御判決を求めます。

申立の理由

一、原審に於いて決定された理由中被審人は代表取締役在任中、昭和二四年五月及び昭和二七年一月役員が退任し法定の員数を欠くに致つたのにかかわらず、その選任手続を怠つたためとあるが、その様な事実は全くないのである。

被審人会社はもともと豊漁水産株式会社の称号で鰮網漁業の営業を目的として昭和二三年五月創立し、役員については定款の定めるところにより取締役一〇名以内監査役五名以内と定められて居る。

創立後若干の役員の異動はあつて居るが、創立時の取締役、監査役の留任と、昭和二六年一月新任の取締役監査役の就任により取締役四名監査役二名の法定数の役員による構成が保たれて居り、役員の異動は其の都度登記手続がされている。その後現在まで役員の異動はなく任期の都度総会によつて再任留任がなされて居り、指摘の如き違法行為はないと思われる。

二、しかるに、昭和三二年以降鰹不漁に起因し、県下の漁業界が倒産続出し、右会社も昭和三五年莫大な負債のため営業休止のやむなきに至り、代表であつた被審人も個人財産を投げ出し倒産するに至つたのである。

しかし、反面多くの債権者には迷惑をかけられないと云う事で再建を図るべく、昭和三八年一二月会社定款を一部変更する事とし総会及取締役会を開催し、会社名称を現在の柳産業株式会社とし、営業目的も魚粕、肥料、飼料とし、全役員はその儘留任する事としたのである。

右登記手続も会社自体の役員が法定数に達していた事が認められ、登記完了がされたのである。

三、然し、一度倒産した会社の再建は非常な困難が多く、昭和四七年一一月まで営業休止のやむなきに至り昭和四八年五月頃、漸く家族の人を以つて細々と開始するに至つたのである。然るところ昭和四九年四月頃かかりつけの某司法書士の方より商法が一部改正され役員に付いて強行規定が採用され、従来と異り留任の都度留任登記をせねばならない。したがつて、それをしていない場合、昭和四九年九月までに其の届出をせねばならないと云う指示を受けたのである。そのため、被審人は其の手続方を一切一任していたのである。

四、その後昭和四九年九月末、手続が済んだか否か確めに参つたところ、依頼していた司法書士の方は死去したという事で、事務所も引上げてなかつたのである。驚いて法務局に参り問い合わせたところ、手続がされていないことがわかり、直に他の司法書士の方に御願申し手続方願つたのであるが、遂に二日程遅れて手続がなされ、其の上会社継続のための莫大な支出を余儀なくされたというのが実情である。

五、右実情で、過料五万円の巨額は当会社再建にもかこくであり、払う能力がないのも実体である。

尚かりに、昭和二四年昭和二七年違法行為があつたとしても、既に時効となつておるのではないかと思われるが、そうであれば、時効援用により救済願出するものである。

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